2009年5月28日木曜日

100年持つ、頑丈なコンセプト

タイトルは、今日(5/27)日経朝刊最終面「私の履歴書」で、建築家の磯崎新氏が語っている言葉。正確な記述ではないが、記憶をたどれば、「100年持ちこたえる強度を持つ建築よりも、100年持つ頑丈なコンセプトが大事」のようなことだったと思う。強度ばかりをやたらと重視する最近の建築に対する、氏なりの批判が込められているような気がした。

そして、「みらいのいえ」も、そうでありたいと思った。

最近の「新しい家」の多くは、本当にいろいろな技術が盛り込まれているとは思うが、どう考えても100年持ちそうなコンセプトは少ない。「頑丈さ」のヒントは、目新しさよりも、100年1000年と持ちこたえて来た「歴史」の中にあるのではと考えるが、どうか?

2009年5月26日火曜日

みらいのいえ: 2F廊下のプロトタイピング

設計検討のヒトコマ。


子供たちが乗っているのは、1m程度の杉材(厚さ45mm)です。
実はこれ、遊んでいるわけではなく、みらいのいえの2F廊下部分の実験のシーンです。

2F廊下部分の床は、杉材をスノコ状に離して使う検討をしています。それは、その隙間から少しでも陽が射して、直下の土壁が蓄熱されるように。また、1Fの熱が上に逃げるようにするために。でも、あまり間隔を空けすぎると、当然つっかえたり、転んだりする確率が高くなります。というわけで、「どの程度の間隔であれば、子供たちにとっても十分安全そうか」をこの場で具体的にプロトタイピングしているわけです。

やってみてはじめてわかるということもあります。今回でいえば、安全かどうかは、たんに板の間隔だけの問題ではなく、板の幅にも影響されるということ。つまり、一枚の板の幅が太ければ太いほど、安全に感じるということがわかりました。

また、45mmの厚さがあれば、子供が二人飛んだり跳ねたりしてもびくともしないということも確認できました。

通常ですと、設計の方や大工さんが机上で決めてしまうことが多いと思いますが、こうやって実際の寸法で実験をすると、私たち素人にもよく理解できるので、とてもよいと思いました。

2009年5月25日月曜日

みらいのいえ:GL設定

突然ですが下の写真、何だか分かりますか?



もうすこし、近づいてみましょう。



地面に刺さった一本の杭、そして地面から100mmほどの所に書かれた印。

実はこれ、これから作られる「みらいのいえ」のGL(Ground Level)±0の印なのです。

この1点を決めるのに、30分、いや1時間はかかったでしょう。敷地内のどこが何cm高いとか低いとか、水はどう流れるのかとか、そういう諸々のことを検討しながら、ここに基準点がつくられたわけです。

なんて事はない一つの印ですが、あらゆる作業の基準となる、重要な印が今日、設定されました。

神様の粋なはからい:地鎮祭!

みらいのいえ、地鎮祭が執り行われました。

もともと、みらいのいえ敷地に古くから鎮座されていた、「井戸」と「樹齢100年超のケヤキ」。しかも、それぞれのすぐ隣にはお稲荷様の祠(ほこら)がありました関係で、神主さまに事前にご相談し、地鎮祭のついでに、両方のお稲荷様を奉ることとなりました。

敷地の北西側に手際よく準備された、地鎮祭の祭壇。


玉串を奉納する家族。


えい! えい! えい!というかけ声とともに、鍬入れをする私。


天気予報は雨。実際に準備しながらも、いつ降り出してもおかしくない空模様だったわけですが、不思議なことが次々に。。。

地鎮祭が始まる直前に、急に雲が切れて、天から光が射したり、2番目に「井戸」のお祓いをしたときだけ、ザーザーと雨が降り出したり・・・粋なはからいというか、ちょっとしたいたずらというのか。

やはり、強いパワーを持った土地なのだなと改めて感じ、この敷地に在るあらゆる自然物と共存、共生していく意識(人間が自然を支配するのではなく)、を改めて強く意識する機会となりました。

そしていよいよ工事着工です!

参加者全員でご近所へのご挨拶をし、無事地鎮祭を終了いたしました。

2009年5月23日土曜日

なぜ? 朝の冷え込み

三浦海岸駅から徒歩3分ぐらいの、現在の仮住まいですが、大家さんにも大変よくしていただいて、快適な暮らしをしています。

唯一気になること、それは、なぜか朝になるとやけに寒いということ。
夜は蒸し暑いのに、朝になると寒い。つまり夜間の冷え込みが激しいということです。
こういう経験は、実は初めて。

なぜか?

本当の理由はわかりません。でも一つ、仮説があります。それは、「蓄熱されるものがない」ということです。これまで住んでいた横浜のいくつかの家はマンションもテラスハウスも、いずれも道路に囲まれていました。マンションの壁は鉄筋コンクリートで、南側にはコンクリートのベランダがありました。道路や鉄筋コンクリートの壁、ベランダなどは日中の太陽によって、ゆっくりと熱を溜め込みます。日が暮れた後、蓄えられた熱が放たれていくわけですが、このスピードが非常にゆっくりであるということ。したがって、朝まで温かさ(というか暑さ)が残るのかもしれないという解釈です。

今の仮住まいの家は、大家さんの広い敷地(庭)の中にあるため、四方が土です。したがって、蓄熱される物体がない。よって、夜間の放射冷却が非常に急速に進むのではないかと思うのです。

今計画中の「みらいのいえ」では、南側に土間を設けたり、吹き抜けの居間の対面に、版築の土壁を設けたりと、蓄熱効果を期待した仕掛けがなされています。しかも、は太陽の角度が高いため、陽があたりにくくは太陽の角度が低いため、陽が当たりやすくなるなど、季節に応じた工夫がなされています。実際の快適さは住んでみないと分かりませんが、今、この仮住まいで蓄熱されない状態を体験できていることは、とてもよい実験材料だと思っています。

楽しみがまた一つ増えました。

2009年5月20日水曜日

三浦のモビリティの考察(1) :現状編

仕事で、
「未来社会のモビリティのあり方」
という、各界の有識者による議論を主体とするセッションを開催した。
モビリティという言葉一つとっても、車業界、エネルギー業界、代理店、自治体、不動産、など視点が違えばとらえ方が全く違うということを目の当たりにし、大きな気づきが得られた。

この際なので、ここでも「三浦市」というローカルなコンテキストに焦点をあてて、モビリティのあり方を考えてみたくなった。

ただし、私のような「三浦新人」による、客観的なデータにもとづかない、きわめて主観的な考察なので、あまりあてにしないでほしい。

まず現状認識から。大きな特徴として、 
「軽自動車がやたらと多い」
と感じる。

世帯ごとの軽自動車所有率を調べてみてはいないが、かなり高いはずだ。
これは大きく二つの理由があるだろう。 
・ 生活する上で、車が欠かせない。 
・ 敷地は比較的広いが、道路がめちゃ狭い。
買い物、仕事、送り迎えなどなど、車を運転できることは三浦市民にとって、とても重要なこと。そして、急坂の多い狭い道を、軽自動車がすいすいと走りぬけていく。

我が家は元々、横浜の港北ニュータウンにいた。あちらは、道路といえば、最低でも幅6m。坂はあるが、きれいに整備されている道が多く、子連れのファミリーの多くは、2000cc以上ある、三列シートの車(ミニバンなど)に乗っていたので、だいぶ様相が違う。車への依存度が高いことや、ママさんドライバーが多いという点は共通だけど。

三浦に登録車(「軽」でない普通のクルマ)が少ないということではないかもしれない。敷地が広く、複数台保有している家族も多いはず。おそらくそういう車は、遠出するときだけ利用されるのだろうか。

次に「自転車」だが、これは三浦海岸エリア(南下浦町)ではかなり日常的なモビリティである。町が海岸に近く、比較的平らな地域が多いためであろう。三崎口の駅と三浦海岸の駅では、放置自転車の数は相当違うはずである。ただし、道路事情としては、自転車にはまったく優しくないと言っていいだろう。「三浦海岸」から、金田、剣崎方面に続く、海沿いの県道は、本来であればサイクリングロードになってもいいぐらい、素晴らしい景色の道だが、実態はクルマとの関係性不安定で、かなり危ない。歩道を走ってはいけないと分かっていつつ、ついついそちらに逃げてしまう。

次に「電車」だが、三浦市で電車といえば、「京急久里浜線」のみ。しかも、駅は三崎口と三浦海岸のみ。おそらく三浦市民にとっては、電車は通勤や通学、中距離移動のためのモビリティであろう。もしくは、観光客を招き入れるためのモビリティという言い方もできるかもしれない。


今後は三浦も、「安全性」、「環境性」、「娯楽性」などの観点から、独自のモビリティ・システムを考えていくべきだと思う。その独自性が三浦ブランドを高めてくれるに違いない。

では、どんなモビリティ・システムか?それは次回以降のお楽しみ。。。

2009年5月18日月曜日

みらいのいえ、古家解体完了!

ごらんのとおり、ついに解体がすべて完了となりました。

敷地の北側と西側を囲んでいた、高いブロック塀も取り外され、敷地がきれいに平らに均されています。敷地や家屋から出された産業廃棄物も、ほとんどなくなり、静けさを取り戻した、そんな感じです。

そしていよいよ来週、みらいのいえ建築工事の無事を祈る「地鎮祭」が開催されます。


敷地の道路側には、工事看板が建てられました。
着工間近です!

木を見に、山へ行く(番外:北山さん)

今回、天竜まで私たち家族とともに、同行していただいた方々は4名。三浦棟梁と西澤さん(以上 楽居ペア)、設計士の遠野さん、そして、もう一人、勝手ながら、ここでご紹介したい人がいます。


私も実は、初対面でしたが、「北山一幸さん」という方です。北山さんは、楽居さんの仕事上のパートナーでもあるということで、お知り合いだそうです。そして、手刻みのときには、よく楽居さんからお声がかかるのだそうです。伝統工法の職人さんです。


実はこの北山さん、ちょっとした有名人でして、地球博(愛知万博)の「サツキとメイの家」のプロジェクトに関わっていらした方なのであります。いつも、鉛筆を耳にしている、いかにも職人さんらしい、職人さんでした。


もちろん、一日同行をしていただいた中で、木のことをいろいろと教えてもらいました。


私は一度も「サツキとメイの家」に行ったことがありませんので、ぜひいちど伺って子どもたちと一緒に見てみたい、そう思った一日でした。


杉が運び上げられる工程をじっと見つめる北山さん。
右耳の鉛筆は、朝のクルマの中からずっとこのまま。

木を見に、山へ行く(2)

5/16 天竜川の上流に向かった、「木」見学ツアーの続編です。

今回見学したのは、次の3か所。
1. 山
2. 製材所
3. プレカット工場

ここでは、最後に訪問したプレカット工場をご紹介します。

現 在、どこかの製材所で丸い顔から四角い顔になった木材は、たいていその後、「プレカット工場」というところに運ばれます。ここでは、それぞれの住宅の詳細 な設計に従って、どこの部分に使うか、どのような木の組み方をするのか、などが一本一本決められて行き、設計図に従って、機械カットが行われます。

大 工さんが現場で手でカットするのを「手刻み(てきざみ)」と呼ぶのに対し、工場で予め機械によって寸法通りにカットしていくのを「プレカット」と呼ぶわけ です。 ですから、プレカット工場でカットされる一つ一つの木はもうすでに、「●●邸の2階の梁の・・・」という風に、場所がきちんときめられてありま す。


実は、残念だなぁと思うことが一つありました。これは読者の皆さんにもぜひお知らせしたいことなんです。 プレカット工場で 処理されている木材の大半は、無垢材ではなく、集成材であるということです。これは実際に現場で見てもそうだなと分かりました。集成材は、複数の無垢板を 接着剤で貼り合わせて、一枚の板のように見せている、いわば偽物の木です。無垢材が生きた材であるのに対し、集成材は死んだ材です。

では、なぜ建築に集成材が好んで選ばれるのか。
「安いから。扱いやすいから。暴れにくいから(反ったり、割れたりしにくいから)。」
価 格のこともないわけではありませんが、それよりも、「反ったり、割れたりするものは、施主が嫌うから」なんだそうです。確かに、無垢板は乾燥が進むにつれ て、「パキッ」など大きな音を立てて割れたりします。その後も、季節の変化(温度・湿度の変化)によって、反りがおこったりします。しかしこれは、生きて いる木の表現であって、構造上の不具合ではまったくありません。

本当は無垢材の方が、粘りがあって強度があって、しかも香りがよく、人間 の体にとって健康なのに。。。本当の健康、丈夫さよりも、見た目の曲がりにくさ、反りにくさ、扱いやすさの方を、知らず知らずのうちに私たちが選んでし まっているとすると、これは大きな構造的な社会問題です。

わかっていたことではありますが、必要なのは
  「施主側の意識改革
なのですね。

プレカット工場では、このほか、乾燥の仕方でどこがどんな風に変わるのかなど、現物を見ながらのミニ勉強会が開かれ、家族一同大きな学びを得てまいりました。



プレカット工場のラインです。


このように、一本一本、カットされる形は異なります。


さて、上の二つの写真、切り口を見て、違いが分かりますか?
無垢材と集成材です。


木を見に、山へ行く(1)

5/16 一家揃って車を走らせ、天竜川の上流まで、「木」を見に行ってきました!
水窪(みさくぼ)というその地まで、片道4時間半の長旅でした。 
天竜といえば、「天竜下り」で有名ですが、場所は浜松市のちょうど北側、つまり、もうちょっとで愛知県というところです。なかなか着かないなぁ、と思ったのも無理はありません。

見学したのは、次の3か所。
1. 山
2. 製材所
3. プレカット工場

天 竜の山は、杉と檜の混植林。昔は杉も檜と同じくらいの価値があると見なされていたようです。ここで切り倒される木は、70~80年という長い年月を生きた もの。林業を営む方にとっては、2世代前に植林されたものになります。気の遠くなる時間感覚ですね。木を切った後には、植林をするわけですが、その木は、 自分の「孫の代」にはじめて製品になるのです。

切り倒された木は、枝葉を付けたまま、数か月その場で寝かされます。これを葉枯らしと言います。葉っぱがついたままの方が、葉っぱに水分が吸われていく、つまり幹は乾燥しやすいわけです。自然の摂理です。

葉 枯らしを終えた木は製材所に運ばれて行きます。私たちは、山へ行き、木を道路まで運びあげ、枝葉を落とすところを実際に見学しました。そこは想像を絶する 急斜面、しかも道路が上にある斜面です。架線技師の国家資格を持った職人さんが、器用に滑車をくくりつけ、ロープを通し、そのロープで木を縛り上げて、引 きずりながら運び上げていきます。大変高度なスキルを要する仕事なのだそうですが、この職場も否応なく高齢化が進んでいます。技能の引き継ぎ手が不足して いるのです。でも、そこは真に男らしい、カッコいい職場でした。

木は10メートルぐらいのサイズに揃えられて丸太のまま、車で製材所に運ばれます。天然乾燥の場合には、そこでさらに数か月乾燥させ、その後、皮をむかれ、「平角(ひらかく)」という四角い形に切り出され、出荷されていきます。

皮をむかれ、切り出される、その製材所のラインは、工場のラインとしては、とても単純で分かりやすいので、子どもたちも大喜び。あいにくの小雨模様でしたが、真剣に目を見開いてラインをじーっと見学していました。

私 自身も貴重な体験でした。自分の家の構造や床、天井などに使われる木材が、どこの山からどのように運び出され、どのように乾燥され、皮をむかれ、切り出さ れていくのかを、きちんと見ることができる「施主」なんて、この世の中にほとんどいないはず。家に対して、このような気持ちを持たせてくれた三浦棟梁に、 心から感謝です。

長くなってしまうので、続きは次に。



上は、木を引き上げるためのロープと滑車


枝を落とす職人さん、よく見ると足場も丸太。しかもその下は空中!


製材所で天然乾燥されている丸太


丸い顔が四角い顔になるところ。


木材ツアーご一行のスナップ写真。
前列一番右が、今回お世話になった、丸志木材の川嶋さんです。
ありがとうございました。

2009年5月13日水曜日

コンセプト3: ”愛家”=未完成のいえ

みらいのいえコンセプト紹介(全3回)の3回目、ひとまず最終回です。

みらいのいえ3: ”愛家”=未完成のいえ

家が「完成」するって、本質的にはどうことなのでしょう? 一義的にイメージされるのは、法的な義務としての「完成検査」を受けて承認されるということですね。 でも、ほとんどの家は「完成検査」後に一部手直しをしたり、追加をしたりします。では、「引き渡し」が完成か?というと、これも怪しいですね。 一時的な「完成」でしかなく、その後も、住みながら手直しをしたり、変更工事をしたり、増築をしたりしますね。同居家族が増えたり減ったり、趣味やライフスタイルが変わったりします。だから、「よい工務店と施主は一生のお付き合い」なんて言葉があるわけです。これは決して、「工務店が手抜きをしたから、修復が絶えない」という意味では決してなく、「使いながらつくりつづける」のが本来の姿だということの証しでしょう。家は「完成しない」のです。逆に言えば「完成」は「死」を意味します。 だから、「未完成」という意識をつねにもちたいと思います。

「未完成」の意識はすなわち、家づくりへの「参画」意識へとつながります。「参画」というよりも「育てている」意識と言った方が正しいかもしれない。そうです。家を「有機体」ととらえた表現です。工務店やメーカーなど、他者に「任せている」だけでなく、自分自身が家づくりに「参画」し、家を育てているという意識です。 だから私は、工務店さんや設計士さんに、こうお願いしています。
「200年持つ家は要りません。200年後に完成する家をつくりましょう!」と。 
(注: 予算が足りず、完成させたくても完成できないという現実も加味されている)

私は、ここに”愛家”ということばを使いました。「愛車」や「愛機」と同じ意味です。クルマやカメラといった「無機的な道具」も、製造しているのはメーカーかもしれませんが、「愛」をつける表現によって、いとも簡単に「有機体」へと変わります。つまり、赤子を育てているわけですね。「育てる」感覚があるのとないのとでは、「故障」したときの反応が次のように180度変わります。 

参画意識も育てる意識もなく、「手に入れた」人工物が故障すると、これは「クレーム」という行動につながります。なぜなら、その壊れたものは見知らぬ他人が作ったものであり、金銭との交換という「契約」によって手に入れたものだから。ちゃんと稼働して当たり前なのですね。完成しているのだから。故障品を手にしてしまった自分は「被害者」になるわけですね。一方、そこに「参画」意識や「育てる」意識があったとしたら、「故障」は「看病、ケア」という行動につながります。よく故障してしまう外車が、愛おしくて仕方ないという男性、周りにたくさんいましたよね。彼らは、メーカーやサービス会社を「クレーム対象」とは見ずに、「病院」や「パートナー、相談者」として見ます。自分の子供を育てている感覚と同じなわけです。

回りくどく説明しちゃいましたが、家もまったく同様、だから”愛家”です。”愛家”=「未完成のいえ」=有機体なのです。

さて、皆さんが所有していたり、使用しているモノのうち、その頭に「愛」をつけられるものって、どれぐらいありますか?

オマケ:
ちなみに、「愛人」ってのは例外です。なんでも接頭辞に「愛」をつけりゃ、正当化されるってもんでもないようです。 

ご注意を!


みらい=未完成を楽しむ、一生をかけた家づくり、永遠に終わらない。
  • 家を「有機体」として扱う。「使う」のではなく、参画する意識、育てる意識。
  • つくる人、住む人といった役割を越えた家づくり
  • 工務店だけでは、「ハウス」は作れても「ホーム」はつくれない。
  • そこを使いこなす人が、「つくる」工程にどれだけ参加できたかがポイント。

2009年5月11日月曜日

磯みやげ

三浦的生活の続編。

嬉しいことが続きますので、書かずにいられません。


日曜日、家族とともにいつものように、工事現場へ。今日は工事やお休みなので、静かな現場です。すると、すぐお隣に住んでいる若奥様と子供たちがやってきました。その家も子供が三人、しかもウチと一緒で、上から女ー男ー女(つまり、一姫二太郎三姫)。子どもたちはすっかり意気投合、敷地内を縦横にかけまわったり、そのお隣の家に上がり込んで、どう森(動物の森)をやったり。。。


私は安心して、林へ戻り作業を継続。いつの間にか声がしなくなったな~と思っていたら、カミさんとその若奥様の声が。

「お土産だよ~」


何だろう?と思っていってみたらこの写真!

そう、「ウニ」です。

実は、家の目の前の磯では、干潮時には、磯狩りができるようなのです。
お隣の方は、もちろん漁業関係者。そうでないと密漁になってしまいますからねー。

磯には、ウニだけでなく、アサリやサザエ、アワビなどの貝類が取れるのだそうです。うーん、これは知らなかった。。。だって、本当に目の前の海でっせ。


というわけで、から付きのウニをいただき、自分でウニの殻を割って、黄色い身(これはウニの卵巣なのだそうです)をすくって食べました。当たり前ですが添加物は一切入っていないし、天然の海水の塩味がピリッと効いていて、言う事無し!
「新鮮さ100%」で臭みのない、感動の味でした。


「ウニは苦手」と言う人に、一度これを食べさせてあげたいなぁ。。。

地域をつなぐカレー屋さん:シュンドリーの平日

以前もここでご紹介したカレー屋さんのシュンドリー
今回は子供たちを学校&幼稚園に行かせて、夫婦だけで2度目の訪問。

前回ここでシュンドリーのご紹介をさせていただいたことがきっかけになって、シュンドリーのマスターご夫妻とお近づきになることができました。そういうわけで、2度目にも関わらず、クルマを降りるや否や「荒井さん、いらっしゃい!」ですって。なんてサプライズでしょう。

私の勝手なる解釈ではありますが、平日のシュンドリーは表題の通り、「地域をつなぐ場」としての重要な機能があるように見えました。農家兼漁師をやっていらっしゃる奥様、自営で写真家をやっていらっしゃる方、地元の駐在さんなどなどが次々にお店にいらっしゃり、「あら、お久しぶりー」なんて具合に、話を始めるのです。そして、シュンドリーのるみ子さんが私たち(三浦新人)を地元の方々にご紹介くださいます。まさに「場づくり」!

食後には、マスターが自ら畑の案内をしてくれ、おまけに、ジャガイモやらエシャロットやら、ミントの苗やらを分けてもらっちゃいました。 なんというおもてなしでしょう!

今回は、前回かなわなかった、デザートまでしっかりいただき、至福の時間を過ごしました。


シュンドリーのお二人、そして、お付き合いをいただいた三浦の皆様、ありがとうございました。
私たちも、金田の新居を使って、そんな場づくりができるようになれたらいいなと思っています。

三浦の食卓

土曜日、とても嬉しい一日でした。
いつものように、敷地内の林を整備していると、子供たちと同じ小学校に通うお友達のおばあちゃんらしき人が突然、軽トラックで現れ、「これ食べる?」と荷台にあったキャベツをくれたのです。ついでに、ジャガイモも。。。

横浜で八百屋をやっている友人の話では、「今、キャベツは高いよー。」という時期。ちょうど今は、春キャベツの切れ目の時期なんだそうです。自分たち農家が苦労して育てた野菜を、惜しげもなく分け与えてくれる風土が、ここ三浦には残っているんです。

そしてほぼ同時刻に、私の釣りの師匠である、S先輩から電話が。「今日夕方あたりどう? 大潮で波も穏やかだから、メバルいけるかも。」とのありがたいお誘い。

釣果は2時間ほどで3匹ですから、大漁!というわけではありませんでしたが、明るいうちに堤防で釣るレベルではなかなかの上出来なんだそうです。
下が釣り上げたメバル。もっと大きいヤツの写真を撮れば良かったのですが、これはかなり小ぶりですね。

S先輩は、わざわざ三浦まで、釣りを教えに来てくれたようなもんで、釣り上げたメバルをすべてわが家に提供してくれてしまいました。。。すみません。確かに、釣ったすぐそばで「おぉ、おいしそう!」とか叫んでいるガキどもを見たら、持ち帰れませんよねー。御免なさい。。。
S先輩、今度は是非二家族分でも余るぐらいの釣果を目指しましょうね!


というわけで、以下の写真がその日の夕食。
メバルは煮付け、ジャガイモは新鮮なので、ふかして塩とバターで、キャベツは自家製マヨネーズとあえただけ。でも最高の晩餐でした!

2009年5月8日金曜日

BBQ、そして浜&磯遊び 三浦のGW

後半は長雨となってしまった今年のGWでしたが、前半は晴天、絶好のレジャー日和。

5/2と5/3に、横浜の幼稚園仲間、そして会社の先輩一家が遊びに来てくれました。
今の仮住まいの家の目の前に広がる、三浦海岸の浜。幼稚園時代の旧交?を深めるように、波と戯れています。

ちなみに、この写真の5分後には3人とも全身びしょ濡れ。。。期待以上の戯れぶりでござりました(笑)


三浦海岸駅のそばには乗馬クラブがあり、このように海岸の砂浜での乗馬体験ができます。


金田の敷地(中段)にてBBQ。高台から海を一望!できる絶好のスポット?



この日は日曜日。金田漁港の朝市で仕入れた、新鮮で格安のシーフードが材料です。金目鯛やあわびも絶品でした! N先輩、今度は是非きてね!


満腹になった子供たちをつれて、毘沙門天そばの磯へ。こちらは三浦海岸の静かな内海の浜とはうってかわって、荒々しい外海の磯辺。三浦の自然は多様性に満ちています。

こんな自然を活かしたワークショップ、いつかやってみたいです。ご協力いただける方、参加したい方は是非!都会にはない万物のエネルギーに満ちあふれていますから、きっと「生きる」ことの本質に近い、様々な気づきがあると思います。

解体工事進捗:上ものがなくなった!



ご覧の通り、古家の基礎部分が姿を現しました。
いつも思うのですが、基礎だけの家を見ると、たいてい、「家ってこんなに小さかったっけ?」と思います。空間と平面の感覚って不思議ですよね。

さて、ご存知の方も多いかもしれませんが、最近の解体ってやはり時代を反映してか、できるだけ「ゴミ」を減らし、リサイクルを増やす流れになっているようです。写真の中央左側に青いトラックが見えると思いますが、木材だけを丁寧に積み上げているのが見えるでしょうか?壊しながら一つ一つ現場で分別をしながら運び出して行く作業です。

これを見ると、「やはり自然素材だけで家をつくりたい」という気持ちがますます、強くなってきます。

「奇跡のリンゴ」にはまりました



木村秋則さんという、青森県のりんご農家の半生を書いた書籍です。絶対に不可能と言われた、「リンゴの無農薬栽培」、しかも無肥料栽培に成功したサクセス・ストーリです。
そういえば、数年前の台風で青森県のりんごが大打撃を受けたときに、一カ所だけ、ほとんど被害が出なかった、という噂話を聞いたことがありましたが、それこそが木村さんの畑だったようです。でも、中身はサクセス・ストーリというよりも波瀾万丈ストーリー。だって、農家なのに10年近くも、ほとんど収穫ゼロの時代があったほどですから。

何度もあきらめようと思った。でも、もうあきらめるパワーも残っていなかったという感覚だったのではないでしょうか。木村さんは自殺を決意して、首を吊るために山へ登る・・・
そして、・・・その山の奥深くで、大きなヒントを得るのでした。

自然界は大きなつながりの中にあります。害虫とか益虫とか、人間が勝手に名付けた分類にすぎません。だって、害虫ってのはたいていが、葉っぱを食べる虫、つまりベジタリアンですよね。益虫というのは、そういう害虫を食べる虫、つまり「肉食」です。どうですか?呼び方一つで印象が変わりますよね? 木村さんも本の中で、害虫をよくよく見てみたところ、「ほんとに可愛い顔をしている。とても殺せない」とおっしゃっていました。どんな生物にも「天敵」がいて、だからこそ数が抑えられるんですね。肥料を人工的に与えたり、薬を使ったりすることで、逆にバランスが崩れ、害虫が大量発生したりする。それは持続可能な農業とは言えません。20世紀の農業が、農薬を使って、自然と切り離して工業的に作物を作って来たものだとすれば、自然の生態系を理解し、自然とのつながりを取り戻すことこそが、21世紀型の新農業の型と言えるかもしれません。

そしてその結果として、人間の暮らしの「安心や健康」がもたらされる。そんなふうに考えています。私が三浦に来たのも、そんな「つながり」を取り戻すためなのかもしれません。

2009年5月2日土曜日

コンセプト2: みんなのいえ(「場」としての家)

みらいのいえコンセプト紹介(全3回)の2回目です。

みらいのいえ2: みんなのいえ(「場」としての家)

家や土地を所有しているのは、まぎれもなく家族です。いや、もっと限定的にいえば、法的には家主のもの、と私たちは当然のように考えてしまいます。でも、下でご紹介する、「本当にそうかな?」と感じたいくつかのことから、私たちはこの「みらいのいえ」を「みんなのいえ」にしたい、そう思うようになりました。

ふと感じた疑問1: 自然ゆたかな敷地には多種多様な生物が住んでいます。三浦という温暖な場所柄もありますが、本当にびっくりするぐらい多様でして、見たこともないような虫や植物に出会います。彼らのほとんどは、私たちがこの土地と出会う、はるか昔から、この土地と共に暮らしているわけです。人間界で取り交わしている「売買契約」を、彼らはどう見ているんだろう? そもそも人間(所有者)が持つその土地を自由にしていい「権利」っていかほどのものなんだろう。建築基準法やら、風致地区の規制やら、人間が決めた基準やルールを守りさえすればいいのだろうか?

ふと感じた疑問2: 人間の家というのは、なぜ存在するのでしょう。長い長い人間の暮らし(歴史)の中で、家は何に使われて来たのでしょうか。そして、それは未来にどんな変化をもたらすのでしょう。鳥類やほ乳類の動物は「巣」をつくります。「巣」とはいわば、羽を休める場所であり、かつ、子供を産み育てるための場所です。人間の家も「巣」の側面を持っています。しかしながら、それだけではないのが人間の家。はたらく、あそぶ、表現する、出会う。つまり、「巣」だけでなく、「場」としての家があるのではないでしょうか?

ふと感じた疑問3: 私も少し前までマンションに住んでいましたが、マンションや集合住宅に住んでいると、やたらと、「専有部分」と「共有部分」などの言葉が出てきます。これらが当たり前のものに感じられるわけです。その概念では、家とは「分けるもの」になります。境界線を引いて、この線からこっちはウチ、そっちはヨソという具合に。不動産とか、固定資産とかの考え方から生まれた、この近代的な「線引き」に、私たちは支配されすぎてやしないか? 近所や友人、社会とのつながりを持つことこそが重要なのに、まるで不動産のように、私たちは私たちの暮らしまでも、「分ける」「介入しない」「プライバシーを守る」「孤立する」方向で考えてしまっているのではないか?


みらいの「いえ」は「みんなのいえ」でありたいと考えます。家族とそれ以外の人々を「分ける」ためだけに、家があるわけではないし、そもそも人間だけの勝手な横暴は許されません。

みらいのいえ=近年の「いえ」が、分離、分割、核化、孤立化、専有化、単機能化であったのに対し、融合統合(ホリスティック)重ね合わせつながり複合化をイメージ。近年の住宅は、「リビング」という機能、ダイニングという機能、キッチンという機能、寝室という機能をそれぞれ高度化してきたが、みらいのいえでは再び逆の流れが起こる。

具体的には、生活の場=社会の場
住む、働く、休む、集う、遊ぶ、対話する、つくる、出会う、表現する・・・これらすべてを許す。そしてむしろ積極的に重ね合わせる場を実現させる。

ちょっと説明が抽象的で分かりにくいでしょうか。具体的に三浦では、次のようなコト(使われ方)が起こってほしいと考えています。オフィス、プレイヤード、釣り宿、イベントスペース、研修施設、店舗、畑、食堂、居酒屋・・・。 そして、それぞれの目的で集まった人たちが出会い、相互に刺激を与えることに、社会的な意義を感じています。

このことは、「巣」としての家にも好循環をもたらすと考えます。
複合的な場を家とすることで、子供たちは両親や親族以外の「いろいろな大人」と接する機会を獲得しますが、それこそがまさに、「多様な視点」を学習するまたとない機会だからです。

もっと上手く説明できるようにならなければいけませんね。
反省・・・